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大阪地方裁判所 昭和55年(モ)9279号 判決

申請人 ソシエテ・デチユーデ・シヤンテイフイツク・エ・アンデユストリエル・ドウ・リルードウーフランス

被申請人 帝国化学産業株式会社 外一名

主文

一  申請人と被申請人ら間の当庁昭和五四年(ヨ)第二〇二号特許権侵害差止仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五五年五月二〇日になした仮処分決定を取消す。

二  申請人の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は申請人の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  主文第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という)を認可する。

2  訴訟費用は被申請人らの負担とする。

二  被申請人ら

主文第一ないし第三項と同旨の判決及び仮執行宣言

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  申請人は、次の特許権(以下これを「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という)を有している。

発明の名称 新規な複素環式ベンズアミドの製法

出願    昭和四〇年一月一三日(特願昭四〇―一二九一)

優先権   一九六四年(昭和三九年)一月一三日アメリカ合衆国出願に基づく優先権主張

公告    昭和四四年一〇月六日(特公昭四四―二三四九六)

登録    昭和四五年四月一一日

特許番号  第五六九九四二号

特許請求の範囲

「1 一般式(式中Rは低級アルキルである。X、Y及びZは夫々水素、ハロゲン、低級アルコキシ、ニトロ、アミノ、低級アルキルアミノ、低級アルカノイルアミノ、シアノ、スルフアモイル、N―低級アルキルスルフアモイル、N、N―ジ(低級アルキル)スルフアモイル、トリハロメチル、低級アルキルチオ、低級アルキルスルフイニル、低級アルキルスルフオニル或はポリフルオロ低級アルキルスルフオニルである。)で示される2―アルコキシ安息香酸もしくはその反応性誘導体に一般式(式中R′は低級アルキル、mは1或は2で、nは0或は1である)で示される複素環式アミンを作用させて一般式(式中R、X、Y、Z、R′、m及びnは前記と同じ意味である)で示される複素環式ベンズアミドを得ることを特徴とする新規な複素環式ベンズアミドの製法。

2ないし4は省略。」

2  本件特許発明の特許請求の範囲に一般式をもつて示されている目的物において、Rにメチル基(―CH3)、Xに水素、Yに水素、Zにスルフアモイル基(―SO2NH2)、R′にエチル基(―C2H5)、mに1、nに1をそれぞれ選び、かつ(2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミドメチル)基の結合すべき位置として1―エチルピロリジン環の2位を選択すると、次の化合物、すなわちN―〔(1―エチル―2―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド(別の命名法によると1―エチル―2―(2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミドメチル)ピロリジンもしくはN―〔(1―エチル―2―ピロニジニル)メチル〕―5―スルフアモイル―0―アニサミドともいう)が得られる。その構造式は次のとおりである。

右化合物(一般名スルピリド、以下「スルピリド」という)は、視床下部交感神経中枢の興奮を抑制して胃血流を改善し、消化管粘膜の抵抗力を増強することにより粘膜組織の修復を促し、抗潰瘍作用を発揮し、従来のコリン剤と異なり、焼灼潰瘍、酢酸潰瘍等に対し顕著な治癒促進効果を有するものであり、また潰瘍にともなう種々の消化器不安定症状をも改善するものである。

3  被申請人帝国化学産業株式会社(以下「被申請人帝国化学産業」という)は、別紙目録(一)記載の物品(一般名スルピリド、以下「イ号薬品」という)を業として製造し、「シーグル」なる商品名のもとに錠剤として被申請人ナガセ医薬品株式会社(以下「被申請人ナガセ医薬品」という)に業として一括販売し、同被申請人は、これを業として販売している。

4  本件特許発明は、物を生産する方法の発明であり、本件特許発明の方法により得られるスルピリドは、本件特許発明によつて初めて合成された新規物質であつて、その特許出願前に日本国内において公然知られた物ではなかつた。したがつて、右スルピリドと同一物質であることの明らかなイ号薬品は、本件特許発明の方法によつて生産されたものと推定される。

すなわち、スルピリドは、本件特許発明の特許出願の願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という)若しくは昭和四二年二月一〇日付手続補正書(以下「第一次補正」という)において開示され、その開示前に日本国内において公然知られた物ではなかつた。

第一次補正の実施例11、13では、ともに、2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸エチルエステルに1―エチル―2―アミノメチルピロリジンを反応させる方法が開示され、反応させる1―エチル―2―アミノメチルピロリジンとして、実施例11では右旋性(d体)のものを用い、実施例13では左旋性(l体)のものを用いたために、実施例11ではd体のスルピリドが、実施例13ではl体のスルピリドが得られている。したがつて、実施例11、13の記載によれば、反応させる1―エチル―2―アミノメチルピロリジンとして、d体とl体の等量混合物たる公知のラセミ体を用いれば、ラセミ体のスルピリドが得られることは明らかであり、当業者に自明のことがらである。けだし、d体とl体とは、不斉炭素原子の立体配置が互いに右手と左手との関係にある点だけが異なるのであつて、その化学構造は等しく、その光学活性が異なる(光学異性体)のみで、それ以外の物理・化学的性質は同一であるから、d体とl体との等量混合物であるラセミ体を用いた場合にも、反応に当たつて、d体を用いた場合、或いはl体を用いた場合と同一の挙動を示すことは明らかであり、これによつて得られるラセミ体のスルピリドがd体及びl体のスルピリドと同一の化学構造を有し、d体若しくはl体のスルピリドの有する性質を保有することも明らかだからである。

そして、第一次補正において、「本発明の置換ベンズアミドは制吐剤として及び精神病の治癒に使用される。経口的使用量は、4~6回の使用量にわけて1日当り3~150mgである。非経口的には、4~6回の使用量にわけて1日当り2~100mgである。化合物は、夫々10~25mgの糖衣錠の形でまたは1cc当り約50mgの濃度の注射用アンプル或はエーロゾル溶液或は他のスプレーとしてまたは50~100mgの座薬の形で或はシロツプ、カプセル、或は他の普通の剤形で使用される。化合物は安定剤、分離剤、緩衝剤等の様な補助剤と混合し得る。医薬の目的に対して、本発明の化合物は塩酸、臭化水素酸、燐酸、硫酸、マレイン酸、酒石酸、サリチル酸、枸櫞酸等の様な医薬的に使用し得る酸の塩の形で使用することができる。」と本件特許発明の目的物質の有する薬効が記載され、該薬効はスルピリドの現在知られている薬効と本質的に異なるものではない。したがつて、実施例11、13によつてd体及びl体のスルピリドの製法が開示された第一次補正においては、ラセミ体のスルピリドの製法の開示もあつたものというべきである。(なお、前記申請の理由2の製法によつて得られるスルピリドがラセミ体のスルピリドであることは、不斉炭素原子を有する化合物を表示する場合に旋光性を特定する記載のない場合にはラセミ体を示すとの知見からして当然のことである。)

また、第一次補正の実施例21では、その前段に1―エチル―2―(2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミドメチル)ピロリジン塩酸塩、すなわちスルピリドの塩酸塩の製法が記載され、その後段に1―メチル―1―エチル―2―(2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミドメチル)ピロリジニウム・メチルスルフエイト、すなわち、スルピリドのジメチルスルフエイトによる4級塩の製法が記載され、スルピリドの4級塩を「前で得た1―エチル―2―(2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミドメチル)ピロリジン46g」から得るものとし、得られた4級塩四九グラムについて収率を七八パーセントであるとしている。ところで、一般に、ある化合物の塩酸塩から塩酸を取り除いてその化合物自体を採取することは自明の操作である。したがつて、前段でスルピリドの塩酸塩の製法が開示されている以上、スルピリドそのものの製法が開示されていることになる。このことは、後段の記載において、スルピリドの4級塩を「前で得た」スルピリド四六グラムから得るとしていること、すなわち、前段で得られたスルピリド塩酸塩から塩酸を取り除く操作が自明であるからその記載が省略されてはいるが、前段と後段との間にスルピリドの塩酸塩から塩酸を取り除く操作が介在していると理解されることによつても裏付けられる。そして、第一次補正に記載された本件特許発明の目的物質の薬効とスルピリドの薬効とが本質的に異ならないことは前記のとおりである。したがつて、第一次補正の実施例21によつてもスルピリドの製法が開示されていることが明らかである。

5  そうすると、イ号薬品の製造方法は、本件特許発明の方法と同一であり、その技術的範囲に属するから、被告らがイ号薬品を業として製造・販売することは本件特許権を侵害することになる。

6  申請人は、医薬品等の研究・製造・販売等を業とするフランス国法人であつて、申請外藤沢薬品工業株式会社、同三井製薬工業株式会社、同住友化学工業株式会社に対し、それぞれ本件特許発明の実施を許諾し、右三社はそれぞれスルピリドを製造のうえ、右のうち藤沢薬品工業は昭和四八年八月からカプセル及び注射液を、三井製薬工業は昭和五三年四月からカプセルを、住友化学工業は同年六月からカプセル及び注射液を販売している。ところが、被申請人らは、昭和五三年一二月にシーグル錠の販売を開始して以来、大幅な廉価販売(ダンピング)を行い、市場を攪乱している。

一般に、新規化合物の合成による新薬の開発においては、その研究・開発にはもちろんのこと、その結果得られる数十万に及ぶ類似構造のものを含む新規化合物の中から薬効及び安全性の高い物質を選び出すために、高度の技術と莫大な労力及び費用を投じなければならない。更に、厚生省の製造許可を受けるために各種の膨大な規模の試験が必要となり、これに要する費用も莫大な額にのぼり、新薬発売にともなう需要換起のための費用も巨額に達する。これらに要する費用は、製品の原価に含められ、製品価格の一部を構成する。本件における申請人の実施権者を通じてのスルピリド製剤の販売もその例外ではない。

しかるところ、被申請人らは、申請人のスルピリドに関する多年の研究・開発・製品化の結果をそつくりそのまま借用し、これによつて単に製造費を償うに足りる廉価販売が可能になつたことにより前記ダンピングを行つている。したがつて、被申請人らは、前記藤沢薬品工業ら実施権者の製品を市場から駆逐して販路を奪うことが可能である。一方、同実施権者がこれに対抗しようとすれば、開発費をも償いえないような価格を設定せざるをえず、結局、前記実施権許諾契約はその実効性の基礎を失い、将来、本案訴訟によりイ号薬品の製造・販売差止の判決を得たとしても、いつたん崩されたこの関係を旧に復することは事実上不可能である。

7  よつて、申請人は、被申請人帝国化学産業に対してイ号薬品の製造・販売の差止を、被申請人ナガセ医薬品に対してイ号薬品の販売差止を求める必要があり、被申請人らの占有するイ号薬品の占有を解いて申請人の委任する執行官にこれを保管させる必要があるから、これを認めた本件仮処分決定は正当であり、その認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1ないし3の事実は認める。

2  同4、5の事実・主張は否認し争う。

3  同6について

申請人が申請人主張のような法人であること、被申請人らが昭和五三年一二月からシーグル錠の販売を開始したことは認め、申請人が申請人主張の実施許諾をしたことは不知、被申請人らが大幅なダンピングをしていること及び申請人の研究・開発・製品化の結果をそつくりそのまま借用していることは否認し、その余の事実・主張は否認し争う。

4  同7は争う。

三  被申請人らの主張

1  本件特許発明によつて得られたラセミ体スルピリドは新規物質ではないから、特許法一〇四条の適用はない。

本件特許発明についての出願経過をみると、当初明細書にはd体、l体、ラセミ体のいずれのスルピリドの開示もなく、第一次補正で初めてd体とl体のスルピリドが開示され、ラセミ体スルピリドについては、昭和四四年二月二四日付手続補正書(以下「第六次補正」という)において実施例29として原料物質、反応手段とともに初めて開示され、発明方法の完成をみたものである。このように、本件特許発明は、ラセミ体スルピリドに関し当初未完成であつたものを第六次補正で完成させたものであつて、このことは同補正が要旨を変更したものであることを示している。したがつて、本件特許発明の出願日は特許法四〇条により昭和四四年二月二四日とみなされる。しかるに、ラセミ体スルピリドは、昭和四三年一月一六日に日本国内において公然知られたものとなつており、右出願日の繰下げの時点では既に日本国内で公知となつていたから、本件特許発明におけるラセミ体スルピリドの製法について特許法一〇四条の推定が働く余地はない。

およそ、特許法一〇四条適用の前提となる新規物質の開示があるというためには、具体的に当該物質の化学構造及び融点などの特徴的物性が明示されることが必要であり、またその製法の開示があるというためには、具体的に原料、処理手段、目的化合物が明示されることが必要であつて、単に、開示があつたとみなすべきであるとか、実質的に開示があつたと解されるとかということでは足りない。

本件において、ラセミ体スルピリドは、当初明細書で開示されていないのはもとより、第一次補正においても開示されていない。申請人は、第一次補正で開示がなされている旨主張するが、右は、開示がなされているとみなしうる、というにすぎないのであつて、開示がなされたということとは全く異なる。

のみならず、まず、実施例11、13を根拠とする主張には誤りがある。ラセミ体スルピリドとd体及びl体スルピリドとはその物理的性質(例えば融点)を異にし、製法の比較においても、ラセミ体の収率が八〇パーセントであるのに対し、d体では九〇パーセント、l体では四七・五パーセントとなつていて、スルピリドの合成に至る原料間の反応の挙動も異なる。また、一般に不斉炭素一個を有する光学異性体で生物活性の異なるものが数多く存在することからすると、スルピリドにおいても、ラセミ体、d体、l体それぞれの物質の個性が生物体に与える影響は区々であるといわざるをえず、その生物活性すなわち薬効は、当該物質を生体に投与してみて初めてわかることである。したがつて、d体及びl体スルピリドの製法が知られていること(実施例11、13)から、ラセミ体スルピリドの製造についてのある程度の予測は可能であるとしても、実際に製造してみなければできるか否かわからないし、まして、その物性及び生物学的活性(薬効)など知る由もないのである。そうであるからこそ、申請人は、第六次補正で実施例29としてラセミ体スルピリドの具体的製法とともに、その物性等も明示して開示したのである。

次に、申請人の実施例21を根拠とする主張にも誤りがある。実施例21の操作をみると、その反応過程でラセミ体スルピリドが単離生成することはなく、直接スルピリド塩酸塩が得られるのであるから、「前で得た1―エチル―2―(2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミドメチル)ピロリジン46g」というのはスルピリド塩酸塩とせざるをえない。そして、塩酸塩から塩酸を取り除いた化合物を採取することは自明の操作ではない。

2  イ号薬品の製造方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない。

本件特許発明におけるスルピリドの製造方法は、左記式

であらわされる2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸(或いはその反応性誘導体)に、左記式

であらわされるラセミ体1―エチル―2―アミノメチルピロリジンを作用させるという方法である。

これに対し、イ号薬品の製造方法は別紙目録(二)記載のとおりである(以下「イ号方法」という)。

イ号方法は、本件特許発明とは異なる原料を使用し、異なる反応過程を経るものである。ちなみに、イ号方法の第一工程における反応、得られる化合物(II)はともに新規なものであり、第二工程で得られる化合物(III)も新規なものである。

右のとおり、イ号方法は、本件特許発明の方法と相違し、その技術的範囲に属しないから、イ号方法によりイ号薬品を製造しこれを販売することは、申請人の本件特許権を侵害するものではない。

3  本件仮処分申請には必要性がない。

被申請人らは、前記のとおり、独自に開発したイ号方法によつてイ号薬品を製造し、これを独特の方法で錠剤化して販売しているのであつて、新製造法の開発、我国最初の錠剤化の実施、これにともなう各種試験のために多額の費用を投入しているものであり、もとより、大幅な廉価販売などしていない。したがつて、イ号薬品の製造・販売の差止という事態が招来すれば、被申請人らの努力は水泡に帰するばかりか、会社そのものの存続が危殆に瀕すること必至である。

これにひきかえ、申請人は、みずから我国においてスルピリド原末を製造したり、これを製剤化して医薬品を販売しているわけではなく、申請外藤沢薬品工業株式会社ほか二社から実施料を取得するにとどまるから、仮に損失があるとしても金銭によつて十分償われるものである。

申請人、被申請人らの損失の程度を比較衡量すれば、イ号薬品の製造・販売の差止等を求める本件仮処分申請は、その必要性のないことが明らかである。

4  以上のとおり、本件仮処分申請は、被保全権利及び必要性を欠くので、これを認容した本件仮処分決定を取消したうえ、却下されるべきである。

四  申請人の反論

被申請人帝国化学産業は、イ号方法によつてではなく、本件特許発明の方法によつてイ号薬品を製造している。

その理由の第一は、現に被申請人らが市販しているイ号薬品の製剤(シーグル錠。昭和五四年一月ころから昭和五五年一一月ころの間に市場で購入したもの)から、本件特許発明の方法に使用される原料化合物であり、しかもイ号方法では検出されることのない2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸エチルエステルが検出されていることである。

第二に、市販されたシーグル錠のうち、昭和五四年一月、同年六月、昭和五五年三月、本件仮処分の執行停止決定(同年一二月一五日)後の各製造と推定されるものの四種類につき、高速液体クロマトグラフ法により各含有される不純物のパターンを調べてみると、四種類のシーグル錠に含有されている不純物のパターンが著しく異なることである。これは、右各シーグル錠に使用されるイ号薬品が同一の製造方法によつて製造されたものでないことを示すものであつて、昭和五三年一二月から販売されたシーグル錠に使用のイ号薬品は一貫してイ号方法で製造した、とする被申請人らの主張を疑わしめるものである。

第三に、被申請人らの訴訟活動、特にイ号方法の実施に関する立証の経緯が余りにも不自然であり、イ号方法の実施が十分に立証されていないことである。

被申請人らは、本件仮処分決定前の審尋段階において、裁判所から求釈明や示唆がなされたにもかかわらず、イ号方法の開示・立証をしようとせず、本件仮処分決定後も、イ号方法が争点となりえない特別事情による取消を申立てるなどし、本件仮処分決定後二ケ月を経過して、ようやく仮処分異議の申立をするとともにイ号方法を開示したが、その疎明資料として、作業標準書或いは製造記録のようなものでなく、わずかに大学教授等の実験報告書等(疎乙第一四ないし一六号証)を提出したのみである。その後被申請人らから提出された製造記録なるもの(疎乙第一七ないし第一九号証の各一ないし四)は、数名の手によつて、作業日時・作業内容・生成物の数量等重要な項目が多数個所改ざんされているものであり、また、その記載内容をみても不明の箇所が多く、製造記録・作業記録として作業の手順並びに操作内容を具体的に記録したものとはいえず、そこに記載された各工程の操作条件(温度・時間・使用原料量・反応量等)が生産の都度異なるという、およそ一般の工場生産における常識からは理解し難いものである。そもそも、医薬品製造業の業務に関しては、薬事法施行規則(昭和三六年厚生省令第一号)二三条で製造及び試験に関する記録その他管理に関する記録の作成及び保管が義務づけられており、これを受けて厚生省から各都道府県知事宛に右規則に則した指導の要請がなされているのであつて、被申請人らの提出した前記実験報告書・製造記録なるものは、右規則が作成・保管を義務づけた製造及び試験に関する記録その他管理に関する記録に値せず、イ号方法の実施を疎明しうるものではない。その後提出された事実実験公正証書(疎乙第三三号証の一・二)、鑑定書(疎乙第三四号証)も右のような不自然な訴訟活動の経緯の流れの中でその証拠価値が評価されるべきものであつて、これらは訴訟用のためのみになされた一つのデモンストレーシヨンを録取した書面と同視しうるものである。

以上の指摘で明らかなとおり、被申請人らがイ号方法により工場生産をしてきたとの主張はおよそ信じ難い。

五  被申請人らの再反論

被申請人らがイ号方法によりイ号薬品を製造していることは紛れのない事実である。

イ号薬品の工場生産の際に記録された作業記録(疎乙第一七ないし第一九号証の各一ないし四)には、使用した原料、その数量、使用日などが記載され、これらのことはすべて出力コンピユーターに示される製造日報(疎乙第二三ないし第二五号証)に記載されている。被申請人らは、右のほか、工場生産に使用した主原料の購入状況も明らかにし(疎乙第二六、第二七号証の各一ないし四)、右作業記録で示された製品のロツト番号・数量・試験結果も試験記録(疎乙第二〇ないし第二二号証)で明らかにした。右作業記録には誤りを訂正した記載はあるが、改ざんなどという事実はない。なお、昭和四九年九月一四日付厚生省薬務局長通知薬発第八〇一号「医薬品の製造及び品質管理に関する基準について」並びに昭和五五年八月一六日付厚生省令第三一号「医薬品の製造管理及び品質管理規則」九条によれば、医薬品の製造及び品質管理に関する基準について、医薬品の製造原料のみを製造する製造所は適用除外になつており、本件において、製剤医薬品シーグル錠については別論、その製造原料であるイ号薬品を製造する被申請人帝国化学産業の製造業務に関しては、製造及び品質管理に特に定められた基準はなく、申請人指摘の製造及び試験に関する記録その他管理に関する記録についての基準もないので、同被申請人が独自に作業記録、試験記録を作成しており、それを疎明資料としてそのまま提出しているのである。

市販のシーグル錠から2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸エチルエステルが検出されたのは次の理由による。

イ号方法においては溶媒として適宜のアルコールを使用するが、一方、イ号方法の第二、第三工程で、2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸が副生し、これが使用されたアルコール溶剤との反応でエステルを生成する。その際、メチルアルコールを使用すればメチルエステルが、エチルアルコールを使用すればエチルエステルがそれぞれ生成され、エチルアルコール八五・六重量パーセント、メチルアルコール四・七重量パーセント、イソプロパノール九・七パーセントからなる工業用変性アルコールの回収溶媒AP―Rを使用すればメチルエステルとエチルエステルが生成される。したがつて、シーグル錠から2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸エチルエステルが検出されたとしてもなんら異とするところではなく、本件特許発明の方法の使用を示すものでもない。

第三疎明方法〈省略〉

理由

一  申請の理由1の事実(申請人が本件特許権を有すること)、同2の事実(本件特許発明の方法でスルピリドが得られること及びその薬効)、、同3の事実(被申請人帝国化学産業がイ号薬品を業として製造し、これを錠剤として「シーグル」なる商品名を付し業として被申請人ナガセ医薬品に一括販売し、同被申請人がこれを業として販売していること)はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲第二号証、弁論の全趣旨によれば、本件特許発明の方法で得られるスルピリドにはラセミ体、d体、l体のものがあり、イ号薬品はラセミ体(dl体)のスルピリドであることが一応認められる。

二  申請人は、本件につき特許法一〇四条の適用があると主張するので、この点について判断する。

前一の事実によれば、本件特許発明が物を生産する方法の発明であり、本件特許発明の方法でラセミ体スルピリドが得られ、ラセミ体スルピリドがイ号薬品と同一物質であることは明らかであるから、特許法一〇四条の適用の可否を決するうえで問題となるのは、ラセミ体スルピリドが新規な物質か否かである。すなわち、成立に争いのない疎乙第三、第四号証の各一、第六号証と弁論の全趣旨によれば、ラセミ体スルピリドは昭和四三年一月一六日に日本国内において公知となつたものであり、それより前においては日本国内で公然知られていない新規な物質であつたことが一応認められるから、申請人主張のように、少なくとも第一次補正でラセミ体スルピリドが開示されていたとすれば、要旨変更で出願日が第一次補正の時点(昭和四二年二月一〇日)まで繰り下がるとしても、ラセミ体スルピリドは新規物質に該当し、特許法一〇四条の適用が肯定されることとなり、被申請人ら主張のように、第六次補正で初めてラセミ体スルピリドが開示されたとすれば、要旨変更により出願日が第六次補正の時点(昭和四四年二月二四日)まで繰り下がり、ラセミ体スルピリドは新規物質に該当せず、特許法一〇四条の適用が否定されることとなる。

そこで、右開示の有無をみるに、一般に、新規化合物の製法に関する特許発明において、問題となる化合物が開示されたといいうるためには、特許法三六条四項五項の規定に照らし、当該化合物が特許請求の範囲に記載された目的物の表現に包含されることはもとより、当該化合物の生成を確認する資料が明細書に開示されるか、少なくとも当業者において当該化合物の生成を推認しうる程度の記載がなされていることが必要である。

右の趣旨のもとに、当初明細書にラセミ体スルピリドについての記載があるか否かをみるに、前掲疎乙第三号証の一によれば、当初明細書には、ラセミ体スルピリドの製造に関する記載はあるものの、その実在を確認しうるデータの記載がないので、当初明細書には、ラセミ体スルピリドの生成を確認する資料が開示されているとはいえず、ほかにラセミ体スルピリドの生成を当業者が推認しうる程度の記載がなされているとも認められない。

次に、第一次補正における訂正明細書についてこれをみるに、前掲疎甲第二号証、成立に争いのない疎乙第三号証の三によれば、同明細書には、実施例11で右旋性(d体)のスルピリドに関し、実施例13で左旋性(l体)のスルピリドに関し、それぞれ具体的な製造方法を開示し併せてその実在を確認しうるデーターである融点が明記されていること、実施例11及び13で光学異性体であるスルピリドが得られたのは、原料の一つである1―エチル―2―アミノメチルピロリジンに、実施例11では右旋性(d体)のものが、実施例13では左旋性(l体)のものが用いられたためであること、1―エチル―2―アミノメチルピロリジンは文献公知であることが認められる。そして、成立に争いのない甲第一一号証の一・二によれば、1―エチル―2―アミノメチルピロリジンのごとく、一個の不斉炭素原子を有することによる光学異性体は、旋光性という光学的性質のみは互いに異なるけれども他の物理的・化学的性質は全く同じであるから、光学異性体の等量混合物であるラセミ体を用いた場合、反応に当たつて、光学異性体を用いた場合と同じ化学的挙動を示すことは当業者にとつて自明のことがらである。したがつて、実施例11又は13において、d体又はl体に換えてラセミ体の1―エチル―2―アミノメチルピロリジンを使用すればラセミ体のスルピリドが得られることは当業者にとつて容易に理解しうるところである。そうすると、右明細書には、ラセミ体スルピリドの生成について当業者が容易に理解しうる程度に記載され、これによりラセミ体スルピリドの生成を当業者が推認しうる程度の記載がなされていると認めることができる。

被申請人らは、特許法一〇四条適用の前提となる新規物質の開示があるというためには、当該物質の化学構造及び融点などの特徴的物性が明示されることが必要であること、その製法の開示があるというためには、原料・処理手段・目的化合物が明示されることが必要であること、本件で問題となるスルピリドは、ラセミ体とd体及びl体とでその物理的性質(融点など)が異なり、その製法を比較しても収量等が異なること、また一般に光学異性体の生物活性(薬効)は区々となるから、当該ラセミ体を生体に投与してみなければその生物活性は判明しないことを理由に挙げて、本件では第一次補正においてラセミ体スルピリドの開示があつたとはいえない旨主張する。

しかしながら、特許法一〇四条適用の前提となる新規物質の開示の程度についても、同法三六条四項五項で規定するところが基準となりうるのであつて、当該明細書に直接に当該新規物質及びその製法が明示されているほか、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されている場合も、右開示があつたと解して差支えないというべきである。

本件において、第一次補正の明細書には、ラセミ体スルピリドの生成について当業者が容易に理解しうる程度に記載され、これによりラセミ体スルピリドの生成を当業者が推認しうる程度の記載がなされていると認められることは、さきに判示したとおりである。なるほど、第一次補正ではラセミ体スルピリドそのものの融点等は明示されていないが、問題はラセミ体スルピリドの生成を当業者が推認しうる程度の記載がなされているか否かであつて、融点等はその実在を確認する一資料にすぎないのであり、前記d体及びl体のスルピリドの製法及び融点が明示されていることから、ラセミ体スルピリドの実在を疑う余地がないことはさきに判示したとおりである。したがつて、被申請人ら指摘の製法の比較における収量の差異、生物活性(薬効)等については、第一次補正においてラセミ体スルピリドの開示があつたと解しうるかどうかの判断に影響を及ぼすものではない。

そうすると、少なくとも第一次補正の段階でラセミ体スルピリドの開示があつたということができるから、ラセミ体スルピリドは新規な物質に該当し、本件につき特許法一〇四条の適用を肯定することができる。

なお、成立に争いのない疎乙第三号証の一一によると、第六次補正で追加の実施例29でラセミ体スルピリドの製造方法・融点が明記されているが、右は、第一次補正で開示されたと解しうるラセミ体スルピリドを追認したものであるということができる。右実施例の追加をもつて明細書の要旨の変更と解するのは相当でない。

そうすると、イ号薬品は、本件特許発明と同じ方法によつて製造されたものと推定することができる。

三  しかるところ、被申請人らは、イ号方法によりイ号薬品を製造しているとし、イ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属しないと主張するので、この点について判断する。

1  成立に争いのない疎乙第三三号証の一・二、証人松崎実の証言によつて成立を認める疎乙第二八号証の二・三、第三四号証、第三六号証の一ないし七、第三八号証の一ないし五、第三九号証によれば、被申請人帝国化学産業は、昭和五六年六月当時、イ号方法によつてイ号薬品を製造し、これを同年八月に打錠し、錠剤「シーグル錠」を製造していたこと、昭和五七年二月一日、被申請人帝国化学産業は申請外株式会社三宝化学研究所との間で、同会社にイ号方法の第一工程(別紙目録(二)の第一工程)による方法でN―〔メトキシカルボニル―(1′―エチル―2′―ピロリジニリデン)メチル〕―2―メトキシ―5―〔(1″―エチル―2″―ピロリジニリデン)スルフアモイル〕ベンズアミドを製造させる旨の契約を締結したことが認められ、右事実と弁論の全趣旨によれば、少なくとも昭和五六年六月以降においては、被申請人帝国化学産業は、イ号方法によつてイ号薬品を業として製造し、これを錠剤化して被申請人ナガセ医薬品に業として販売し、同被申請人は、これを業として販売していると一応認めることができる。

もつとも、被申請人らは、昭和五三年一二月以来イ号薬品を製造・販売していることを認めたうえ、当時からイ号方法によつてイ号薬品を製造していた旨主張し、前掲各疎明資料のほかに、右主張に沿うものとして疎乙第一四ないし第一六号証、第一七ないし第一九号証の各一ないし四、第二〇ないし第二五号証、第二六、第二七号証の各一ないし四、証人猪川三郎、同平上高照、同松崎実の各証言を提出・援用するが、昭和五六年六月より前においてもイ号方法を実施していたことを示す右各疎明資料は、申請人の提出・援用した疎明資料及びこれに基づく主張に照らし、被申請人らの右主張を肯認する疎明としてたやすく採用することができない。

しかしながら、申請人の提出・援用した疎明資料によるも、昭和五六年六月以降被申請人帝国化学産業がイ号方法によりイ号薬品を製造しているとの前認定を直接排斥しうるものではない。すなわち、申請人は、「申請人の反論」において、イ号薬品がイ号方法によつて製造されていないとして三つの理由を挙げている。

右のうち、第一の理由の疎明として提出された疎甲第一四、第一五号証、第一九号証(弁論の全趣旨によりいずれもその成立を認める)は、申請人の主張によると、昭和五四年一月ころから昭和五五年一一月ころの間に市場で購入した被申請人らのスルピリド製剤(シーグル錠)を分析対象としたものであるというのであるから、その購入時期の点からして、昭和五六年六月以降の製造方法がイ号方法であるとの前認定を左右するものではない。のみならず、右疎甲号各証によると、対象のシーグル錠から2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸エチルエステルが検出されているところ、右は本件特許発明の方法に使用される原料化合物であつてイ号方法からは検出されえないものである、と申請人は主張するのであるが、前掲疎乙第三六号証の一ないし七、証人松崎実の証言によつて成立を認める疎乙第三五号証、第三七号証によると、イ号方法によつて製造されたイ号薬品(ロツトナンバー一〇二一六〇〇)から右エチルエステル体が検出された(なお、2―メトキシ―5スルフアモイル安息香酸メチルエステルも同時に検出された)こと、その理由は、イ号方法の第三工程において、N―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―〔(1″―エチル―2″―ピロリジニリデン)スルフアモイル〕ベンズアミドの稀塩酸による一部分解によつて2―メトキシ―5―スルフアモイル安息香酸が副生し、これが同第三工程でアルコール溶媒として使用される工業用変性アルコールの回収溶媒AP―R(ソルミツクスAP―11。エチルアルコール・メチルアルコール・イソプロパノールの混合溶媒)との間でエステル化反応を起こし、前記エステル体が生成・混入するためであることが一応認められる。右のとおり、イ号方法から前記エチルエステル体が検出されうるのであるから、市販のシーグル錠から右エチルエステル体が検出されたとしても、被申請人らがイ号方法を実施していることを否定する理由とはならない。

第二の理由の疎明として提出された疎甲第二〇号証(その成立は当事者間に争いがない)は、申請人の主張によると、昭和五四年一月、同年六月、昭和五五年三月、同年一二月一五日(本件仮処分執行停止決定日)以後の四つの異なる時期に製造されたと推定されるシーグル錠を分析対象としたというものであり、その内容は、高速液体クロマトグラフ法によつて表わされた不純物のパターンが四種類のシーグル錠それぞれでかなり異なるから、各シーグル錠に使用されている原末(イ号薬品)が同一の製造方法で製造されたものでないというのであつて、それ自体としては、被申請人らが一貫して同一製造方法を採用していたことを疑わしめる疎明資料ではあるが、昭和五六年六月以降の製造方法がイ号方法であることを直接的に否定しうるものではなく、右時期以降の製造方法がイ号方法であるとの前認定を左右するものではない。

第三の理由の核心は、疎乙第一七ないし第一九号証の各一ないし四中に改ざんされた箇所があるという点にあり、この主張に副うものとして、証人阿部昭吾の証言により申請人主張の写真と認められる疎検甲号各証及び同証人の証言があるが、右疎明資料は、昭和五四年三、四月に被申請人帝国化学産業がイ号方法によりイ号薬品を製造していた、とする疎乙第一七ないし第一九号証の各一ないし四、更には疎乙第一四ないし第一六号証の証拠価値を減殺するものではあるが、昭和五六年六月以降イ号方法によりイ号薬品を製造しているとの事実の認定に供した各疎明資料の証拠価値に影響を与えるものではない。申請人の挙示するその余の事由も前認定を左右するものではない。

2  前判示のイ号方法を本件特許発明の方法と対比すると、原料については、本件特許発明が安息香酸又はその誘導体とピロリジンの誘導体であるのに対し、イ号方法は馬尿酸の誘導体とピロリジノンの誘導体であつて、両原料とも化学物質として明白に相違し、また、反応については、本件特許発明が右の二原料を直接反応させる一段階のみで目的化合物のスルピリドを得るのに対し、イ号方法は右の二原料を直接反応させず、しかも第一段の反応では中間化合物を得るのであり、この中間化合物を反応生成物から分離し、更に第二段、第三段の反応に付した後に目的化合物のスルピリドを得るのであつて、工程上も反応機構の点でも差異が認められるのである。

右のとおり、イ号方法は、本件特許発明の方法によるものとは原料及び反応工程を異にするものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属しないというべきである。

四  そうすると、被申請人らが前記のとおりイ号薬品を業として製造・販売等することは、なんら申請人の本件特許権を侵害するものではない。

したがつて、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明を欠くことになり、また、本件は事案に照らし被保全権利の疎明にかえて保証を立てさせてその申請を認容することも相当でない。

よつて、本件仮処分決定を取消したうえ、本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法七五六条ノ二、一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田育三 鎌田義勝 若林諒)

目録(一)

左記構造式で示されるN―〔(1―エチル―2―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド(一般名 スルピリド)

目録(二)

第一工程

N―〔メトキシカルボニル―(1′―エチル―2′―ピロリジニリデン)メチル〕―2―メトキシ―5―〔(1″―エチル―ピロリジニリデン)スルフアモイル〕ベンズアミドの製造

(1) N―エチル―2―ピロリジノン(左記式(1))にジメチル硫酸(左記式(2))を加えて攪拌反応させて1―エチル―2―メトキシピロリジニウムメタンスルホネート(左記式(3))を生成せしめる。

(1)

(CH3)2SO4

(2)

――→

(3)

(2) この右反応生成物(右記式(3))に2―メトキシ―5―スルフアモイル馬尿酸エチルエステル(左記式I)を加えて攪拌した後更にソジウムメチラート(左記式(4))のメチルアルコール溶液を滴下、攪拌して更に反応を継続させてN―〔メトキシカルボニル―(1′―エチル―2′―ピロリジニリデン)メチル〕―2―メトキシ―5―〔(1″―エチル―2″―ピロリジニリデン)スルフアモイル〕ベンズアミド(左記式II)を生成させる。

(3) 右生成物をクロロホルムで抽出した後結晶として取り出す。

(1)

(3)

CH3ONa

↓ (4)

――――→

(II)

第二工程

N―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド塩酸塩(スルピリド塩酸塩)とN―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―〔(1″―エチル―2″―ピロリジニリデン)スルフアモイル〕ベンズアミドの製造

(1) 第一工程で得られた結晶(II)に稀塩酸を加えて加熱処理して加水分解と脱炭酸を行う。

(2) 次いでこれに水素化硼素ナトリウム(左記式(5))を加えて還元処理した後アンモニア水を加える。

(3) この生成物をクロロホルムによる抽出と水洗を行うと水層からN―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド塩酸塩(左記式IV)が、クロロホルム層からN―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―〔(1″―エチル―2″―ピロリジニリデン)スルフアモイル〕ベンズアミド(左記式III)がえられる。

第三工程

N―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド(一般名スルピリド)の製造

(1) 第二工程でクロロホルム層から得られた新規化合物(III)に稀塩酸を加えて加熱攪拌するとこのものはN―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド塩酸塩(IV、スルピリド塩酸塩)となる。

(2) これに第二工程の水層から得られた化合物(IV、スルピリド塩酸塩)を加え合した後中和すると目的物スルピリドN―〔(1′―エチル―2′―ピロリジニル)メチル〕―2―メトキシ―5―スルフアモイルベンズアミド(左記式V)を得る。

(III)

HCl

―――→

(IV)

中和

―――→

(V)

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